『言葉の奥行き』

team.LIFE 代表長野 広樹 |Nagano Hiroki
大学院時代にIT・アルゴリズムの研究で人間の存在意義の危機を痛感。鬱から廃人を経験し、教育、地域活性、ITで独立するも資本主義の構造的限界に絶望しnTechと出会う。現在、日本発のデジタル哲学を活用したIT教育による持続的な人類の進化・優しい地球創りに貢献するJeiGrid株式会社の代表取締役として奔走中。個人として2007年よりteam.LIFEを立ち上げ展開している。
ありがとう。
その中にある想いは、どこまで届いているのか。
こんにちは、ながのです。
今日は、令和哲学カフェに出演してきました。
この2週間は平日毎晩なので、少しばかり忙しくしております。
毎回、ディスカッションがあるのですが、その中で今日感じたのが
言葉のイメージはひとりひとり違うということです。
ディスカッションの中で、相手が表現する文章の意味合いが適切に受け取れず
討議が進み、最終的な結論が見いだせないという時間がありました。
言葉は、話者がどんなイメージで語っているのかによって
アンニュイな変化がある、、、というか
そもそも言葉は絶対的なものではなく
相対的で流動的なのにも関わらず、相手のイメージ体系の全貌を
もちろん常に把握することは難しく
かつ、知らず知らずに自分自身のイメージ体系で
相手の言葉を受け取ってしまうというズレが
かなり見えにくい状況の中で当然のように繰り広げられています。
これが人間関係や、コミュニケーションがなかなかうまく行かない
大きな原因のひとつです。
一応私も、認識技術、コミュニケーション、関係の専門家なので
そのあたりは基礎コミュニケーション力として日常でトレーニングしているのですが
討議テーマの難易度、時間、意見の数に応じて
スピードと質が高度になるので、今日はなんだか久しぶりに悔しい思いをしました(笑)
でも、ある種の爽快さというか、気持ちよさも同時にあって
伸びしろを感じたんですかね。笑
でも、あらためて感じたのが、冒頭の話。
ありがとう。
たった一言の言葉の中に、どれだけの、想い、エネルギー、感情がのっているのか。
そして受け取っているのか、伝わっているのか。
いつのまにか、言葉は、ぞんざいに扱われていないか、扱っていないか。
言葉そのものよりも、その奥行を、行間を、間を渡したり、受け取ったり
その機微の美しさに心を感じたい。
なんだか、そんなことを感じた今日でした。
あなたの心から紡ぎたい言葉、お待ちしております。
今日も読んでいただきありがとうございます。
また、明日もよろしくお願いします。
またね〜。

