『資本主義の健全化』

team.LIFE 代表長野 広樹 |Nagano Hiroki
大学院時代にIT・アルゴリズムの研究で人間の存在意義の危機を痛感。鬱から廃人を経験し、教育、地域活性、ITで独立するも資本主義の構造的限界に絶望しnTechと出会う。現在、日本発のデジタル哲学を活用したIT教育による持続的な人類の進化・優しい地球創りに貢献するJeiGrid株式会社の代表取締役として奔走中。個人として2007年よりteam.LIFEを立ち上げ展開している。
個人に未来はない。
歴史を運転する超越者になれ。
こんにちは、ながのです。
今日は少し(?)大きなテーマを。
極論を考えると、人間は生きていく中で、常に二択を迫られます。
例えば、誰かと食事に行くときに何を食べるのか?
相手の意見を尊重して自分の意見を我慢するのか、
自分の意見を主張して相手の意見を変えるのか。
極論をするとこの二択です。
実際には、このような極端な決定というよりは、
お互いの状況や気分、関係性で妥結点をみつけて決定しますが
重要な局面になればなるほど、この極端な議論に迫られてしまいます。
有名なものでは、トロッコ問題。
「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」
というものだが、具体的には
"線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?”
というものである。
倫理的な問題で、この答えに窮することは当然のことだと思う。
他にも、社会を生きる中で迫られることが
全体を優先するのか、自分・個人を優先するのか?
全体主義か個人主義か。
今の日本は、天皇を中心に団結し、1945年8月15日を迎え
また経済に集中し、バブルが起こされたことによって
全体主義的なアレルギーが強烈に眠っている。
その反動として、好きなことで生きていくなど個人主義的な考えや
影響力をもった個人が多く散見されるようになったが
もともとある日本的な価値観からは、それすらもある種の気持ち悪さを感じてしまい
全体主義的な集中や生き方も
個人主義的な没入や生き方も
どこか不遜で、ほんとうの意味で自分の人生を一心不乱に向けられる方向性がなく
ほとんどの人が、放浪するような生き方になってしまっている。
それはもちろんAIの誕生による、人類そのものの存在意義が失われていることも
大きな要因ではあるが。
そんな中で重要なことがタイトルに有る、資本主義の健全化だと思っている。
特に日本はエコノミックアニマルとも揶揄されるほど、
仕事人生を送っている。それが悪い訳では無いが
人生全体や、心の豊かさを犠牲にしてまで取り組む姿はある種の狂気じみた世界でもある。
行き過ぎた資本主義を健全化するためには、なによりも
パラダイム・シフト、パラダイムチェンジが必要である。
新基軸、新しい価値観の勃興である。
それこそが、デジタル認識で可能な、尊厳によって可能なもので
人間同士が本当の信頼を持続的に拡張できる唯一の鍵だと思っている。
ほんとうの意味で人間が普遍的、恒久的愛で結ばれて
出会いがシナジーしか起きない状態になったときにこそ、経済、資本主義が正しく活動し
持続的なイノベーションをどんどんと創発することができる。
今の時代には、本当に独創的な認識起業家、グレートリセッターが必要な時代。
共に未来をつくっていく仲間と出会いたい。
そんな未来に、社会に、共同体に、生き方に、関係に関心がある人は
ぜひご連絡ください。
今日は少し大きなテーマでしたが、お読みいただきありがとうございました。
またね〜(^^)

