『「もやもや」の中にあなたの未来がある』

team.LIFE 代表長野 広樹 |Nagano Hiroki
大学院時代にIT・アルゴリズムの研究で人間の存在意義の危機を痛感。鬱から廃人を経験し、教育、地域活性、ITで独立するも資本主義の構造的限界に絶望しnTechと出会う。現在、日本発のデジタル哲学を活用したIT教育による持続的な人類の進化・優しい地球創りに貢献するJeiGrid株式会社の代表取締役として奔走中。個人として2007年よりteam.LIFEを立ち上げ展開している。
なんか、なんか、、、もやもやする。。。
なんか、分かんないけど、気持ち悪い。。。
こんにちは、ながのです。
みなさん、もやもやしてますか?
言葉にならない気持ちや心情があるとき、もやもやするって言いますね。
言語化ならない心情にこそ、あなたの本来性が眠っているような、、、
そんな気はしませんか?
赤ん坊の頃、おぎゃーおぎゃーと必死に何かを訴えて
だけど、何を訴えているのかわからない。
そんなときに、お母さんやお父さんの言葉を受けて
だんだんとおぎゃーの輪郭がはっきりし始めて、
感覚と言葉を一致させていきます。
自分自身が感じてることの中には、
こんな風に輪郭がはっきりさせることができないで
待っている”子どもたち”がいます。
ばさっ、ばさっ、っと自分の感情を瞬間的に切って、無視することになれて
これまでの延長線上の繰り返しの日常に生きることもできますが、
“自分の感受性くらい”というポエムなんかもありますが、
自分の心をオープンに感じられることこそ、ほんとうの人生を歩んでいるような気がします。
もちろん傷つくことが怖くて閉ざしたり、たくさんの情報や関係の中で煩わしくなり
合わせることで我慢を積み重ねたり、自分の感受性をどこかに置き去りにしている人は
特に日本人には多いような気がします。
私は完全にそうです(笑)
仕事柄、人の内面意識の中に入ってコミュニケーションや施術をすることが多いので
自分の気持ちや人の気持ちがよく分かる人のように思われますが
それには観方、心の物差しを持ってみているだけで
もともと持っているセンスなんかではありません。
そして医者の不養生というわけではないのですが、自分は未だに自分の気持ちには鈍感です。
(ある角度では敏感というのもあるので厄介なのですが。)
鈍感だから問題とか、敏感だから問題ということもなく、それよりも大事なことは
自分とはどういう存在で、今世、この人生をどう生きようと思っているのかです。
その上で、鈍感や敏感というのは必要であれば変えたり、伸ばしたり、減らしたりとすればいいので
精神そのものが問題ということはほとんどありません。
何かが問題のように感じている人のほとんどが、目先につかまってしまって
大局的な観方ができなくなってしまい、細かい問題にどんどん堂々巡りしてしまっています。
もやもやはそういった状態を教えてくれてるものだったり、
あなたの本来性や、未来を教えてくれてるものなのです。
ぜひぜひ、もやもやしてることを軽視したり、バツしたりするのではなく、
しっかり可愛がって育ててあげてください。
日の光をあててあげて、水をやり、肥料を与える。
するといつかかならず実を結びます(^^)
今日も、読んでいただきありがとうございます。
いつもいつも励みになっています。
またね〜〜〜

